一人の女性がジュースバーを世界的なブランドへと成長させた物語

一人の女性がジュースバーを世界的なブランドへと成長させた物語

皆さんの中で、いつかは自分のお店を持ちたいと思っている方もいるのではないでしょうか。今回は、ジュースバーを世界的有名ブランドにまで成長させた一人の女性の物語を、皆さんにご紹介したいと思います。

この物語の主人公は、ルス・タール。彼女は、両親の想いとは反対に、フルタイムで小売業で働くために高校を中退しました。

あなたにはできないと言われるほどに、私はもっともっとやりたいと思うようになるのです。

彼女は2年間、独立したファッション小売店で働き、メンターから学校で勉強したことよりも多くの小さなビジネスのことを教わりました。数年後、彼女は再び同じような決断をします。大学に合格していましたが直前で行くのをやめて、学生ローンを使ってビジネスを始めました。

Freshというルスのビジネスは、彼女の地元のトロントに数店舗を持ち、モスクワにも3店舗、さらにメキシコシティーにも店舗を構えるベジタリアンレストランの大手となりました。Freshは、料理本やギフトカード、そしてコールドプレスジュース(クレンズ)をオンラインストアでも販売することで、お客様へのリーチを拡大しました。

そのすべてはシンプルな人参のジュースからスタートしたのです。

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生活を考えるジュース

27年間を振り返ってみましょう。ルスは7年間にわたってスキルと経験を身につけながら、世界各国への旅から戻ってきました。カナダに戻り、彼女はたまたま人参ジュースを売っている小さなお店に出くわしました。彼女と野菜ジュースの最初の出会いです。

ジュースがプレスされるのを待っている間に、健康志向の人々のコミュニティがあることを知り、興味を持ちました。ジュースがトレンドになる前でしたが、お店にはジュースの健康作用や野菜中心の食生活についての本なども並んでいました。ノーマン・ウォーカーによるFresh Fruit and Vegetable Juicesなどの本は、彼女の食に対する意識を変えました。また、それは彼女が行動する理由にもなりました。

それらの本を読んで、食肉産業で何が起きているのかや、食べ物がどこから来るのかを知ると、食べ物を前と同じように見ることが難しくなりました。そこから、私は一夜にしてビーガンになったのです。ジューサーを買って、家で様々な組み合わせのジュースを作り始めたところ、周りの人から「最近、素敵に見えるよ。何か始めたの?」と聞かれるようになりました。

ビーガンのライフスタイルにのめり込んでいくと、ルスは新しい知識と健康への知見を周りに共有し始めました。当時は1990年で、ジュース作りはメインストリームではなく、オーガニック農場でさえ懐疑的に見られ、ヒッピーや過激論者のものと考えられていました。

私は人々にインスパイアを与え、彼らがどのように食べ、どのように選択をするのかを変えたかったのです。また、心の中では、理由を探していたのだと思います。何か擁護できることを探していたのです。90年代は何かのために戦うということが多くなかったですから。

彼女は結果的には高校を卒業し、同じ年には大学の政治学のプログラムに合格しましたが、起業家—彼女の中で最初の小売の仕事を始めて以来ずっと挑戦してみたかった道—への思いを無視することができなくなっていました。

ルスは大学の授業料や教科書代のための約100万円のお金で、2つの工業用のジューサーを買いました。「Juice for Life」という名前で始まった移動式のジュースバーは音楽フェスや、マーケット、健康のカンファレンスなどに出店するようになりました。

100万円くらいの学生ローンに申し込みました。そのときから、私は自分が歩んでいる方向へ歩み続け、成長をし続けることを意識しています。だから、学校にも行かなかったし、『Juice for Life』ためにローンを使いました。ローン会社は1年後に『お金は?』と催促してきましたが、私は契約を打ち切り、そこから1週間に約1万円を返済し続けました。このような感じで私はビジネスを始めたのです。

学校にも行かなかったし、『Juice for Life』のためにローンを使いました。

1992年に、流行の最先端で賑やかなクイーン・ウエスト・マーケットで常設の店舗を持つようになってから、ビジネスは一気に成長しました。すぐに、彼女はビジネスが大きくなりすぎていることに気が付きました。

当時は、2〜3人の従業員を抱えていて、私は週に80時間働いていました。私は波に乗っていると感じていたので、一生懸命働き、従業員を育て、徐々に成長を加速させていきました。先走りはせずにやれることをや理、毎回最後まで残り、ドアの前にいるお客様のために、次の手を考えていました。メニューも少しずつ増やし、様々なカテゴリーも開発していました。

フレッシュなパートナーシップ

彼女はこの時点で、彼女は2つのことに気が付いていました。1つ目は、「レストランをオープンする」という彼女の夢は到達可能であること、2つ目は、自分自身でできることの限界を超えられるということ。これらの気付きを得た後も、友達の友達である会計士で未来のパートナーとなるバリー・アルパーの紹介にもつながりました。

彼女は最初のフルサービスのレストランをトロントにオープンして、バリーをビジネスアドバイザーとして雇い、本の執筆、従業員への給与、食材のコストの管理などのサポートをしてもらいました。

自分自身の本を何冊か出版しましたが、すべて内容がバラバラでした。内容をまとめようと思っていましたが、忙しさのあまり手がつけられていませんでした。健全で成功したビジネスを持つ唯一の方法は、強力で組織された裏方を持つことでした。強くて、組織されたオフィスのことです。私は自分にフィードバックをくれ、ビジネスの支柱となれる人を持つことが、自分のビジネスが長く続く秘訣となるだろうと考えていました。

バリーは、ルスが投資してくれる人を探す準備をしているときに、ビジネスプランの作成もサポートしていました。ルスはバリーに、彼女のパートナーであると同時に、多くのビジネスも提供していました。彼女はバリーに「自分を頼りにしてくれ」と頼むことをリスクだと考えていましたが、同時に自分の決断に疑問を挟むような、信用ができない人をビジネスに介入させたくないとも思っていました。二人はパートナーとして成長し、20年後の今でも強いつながりを保っています。

ジュースの市場は当時始まったばかりで、なぜ私が色々な選択肢中からそれを選んだのかを説明することはとても難しいことでした。私の周りの多くの人に抵抗も受け、笑われもしました。私とバリーがお互いに良いパートナーになったのにも少し時間がかかりました。最初は本当に小さな一歩でしたが、ビジネスが成長するにつれて、私たちお互いの信頼も深まり、ついには最高のパートナーとなりました。このことは私が成し遂げてきたことの中で最高のことかもしれません。

彼女たちはお互いに協力して、ブランドの2店舗目をオープンしました。

事業を拡大したすぐあとに、ビジネスにちょっとした危機が訪れました。最初のレストランで働いていた二人の女性が仕事をやめ、レシピ本を持ち出してしまったのです。その後、当時雇われたばかりのジェニファー・ヒューストンが仕事を引き継ぎました。そして、彼女はすぐに頭角を表し、レストランに必要不可欠な存在となりました。

私が最初のレシピ本を書いていたとき、ジェニファーはレシピのテストを手伝っていました。そして、私たちは素晴らしい友情関係を築き上げ、お互いを尊敬するようになりました。結果的に、バリーと私は彼女に第三のパートナーとなることを提案しました。しかしながら、私たちは彼女に何も投資させなかったのです。なぜなら共同オーナーになるというサインだけで十分だと感じていたからです。

ジェニファーの強いパートナーシップによって、ビジネスは規模をさらに拡大し、レシピ本も多数出版、そしてコールドプレスジュースのシリーズも売り出しました。

彼女たちは人々と従業員の定着、ビジネスを成長させる強いチームの構築に集中しました。おかげでその場にいなくとも動くビジネスの基盤が作り上げられました。「私がいなくてもビジネスは動くのです。」

その他の成功の秘訣を聞いてみると、「へこたれないこと」と彼女は答えます。成功は1日にしてならずなのです。

後悔は何もありません。あのとき違うようにしていたらと、過去も振り返ることもしません。なぜなら、私はもうそこにいないからです。私がやってきたすべてのこと、すべての失敗が今日の私を形作っています。あなたの周りの疑いの顔、反対する人々でさえ、もしあなたが自分がしていることを強く信じ、そのことに情熱を向ければ、付いてきますし、成功することができるのです。ビジネスを成長させることには、時間がかかりるものなので、焦る必要はありません。

私がやってきたすべてのこと、すべての失敗が今日の私を形作っています。

ビーガンの危機の時代

ルスがビジネスを始めた90年代で、既に彼女のビジネスは時代の最先端を行っていました。結果的には、「タイミング」が彼女の成功の大きな要因となったのです。彼女はベジタリアンのストアの先駆けでした。2000年が近づくにつれて、野菜中心の食生活が流行っていき、新しいベジタリアンやビーガン、そしてジュースのビジネスが流行に乗り遅れまいと必死でした。

人々にベジタリアンの食生活が流行る前は、ビジネスの成長や新しいお客様の取り込みには優しいアプローチに頼っていました。

バリーが昔よく言っていたのですが、「まずは食べてもらう。そうすれば一生のお客様ができる。」これがトリックでした。私たちの行っていたアプローチは、私たちが作った食べ物やジュースへの自信とは別の場所にありました。環境に集中していたのです。私たちは自分たちの店を他の素敵なレストランみたいにして、サービスやプレゼン、音楽、座席を他の街にあるお店と同じくらい素晴らしいものへとしていました

チームの方針は、ビーガンにとっての聖域となる環境を作りつつも、誰でも受け入れることでした。

最終的に、彼らは「とても素敵」と感じてくれます。野菜中心の食事であるということは結果論です。当時はそれがとても重要でした。彼らは自分たちが説かれていることにさえ気付かなかったのです。

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コールド・プレス・ドットコム

Freshがコールド・プレス・ジュースのシリーズを売り出したとき、彼女たちにとって簡単にどこでも売られる商品を製造することは初めてでした。新鮮な材料と防腐剤無添加のレシピで彼女たちの中心となる商品をどこにでも持ち運べるために作りました。

また、彼女たちは2016年からはShopifyを使うようになり、今までよりもさらに自立して。オンラインでもジュース販売を管理できるようになりました。本やTシャツ、ギフトカード、レストランでは扱っていないジュースクレンズなどを販売しています。

私たちは大規模のオペレーションを持っていて、お客様に私たちのレストランからの商品を注文できるようにしたかったのです。ウェブサイトは私たちのリーチを拡大させ、お客様はレストランでの体験を自分の家でも体験することができるようになりました。

ルーツに戻る

ルスは10代のときに選んだ選択で両親を失望させたかもしれません。しかし、彼女は結果的には仲直りしたと言っています。

お母さんをランチに連れて行ったとき、私は違う場所へ行こうとしていましたが、彼女は最も好きなFreshにしか行きたくなかったのです。お父さんも昔は常にカバンに私のレシピ本を入れ、色々な人に配っていました。歯医者に行ったら、本をあげ、銀行に行ったら、本をあげるような感じです。

お父さんも昔は常にカバンに私のレシピ本を入れ、色々な人に配っていました。

今や、8店舗を持つルス。彼女がひとつのジューサーで始めてから27年が経ちました。ルスは起業家精神の理想であるスイートスポットをうまく捉えました。彼女は自分がもっとも得意なことに集中できるように、ビジネスのあらゆる面を任せられる最高の人々を雇いました。そして、そのことは彼女を原点ー残りの世界にジュースと野菜中心の食事を届ける欲望ー に戻しています。

私は世界中に行き、Freshを多くの町に届けています。昨年の夏にはメキシコシティーにオープンしました。5年前にはモスクワにも。私の新しい情熱は、私たちが行っていることをまだまったく知らない、コミュニティや町にFreshをお届けすることです。

ルス・タールから学ぶ! Freshの創業者にインタビューをして、ジューシングと起業家精神の一部始終を収録しました。 こちらをご覧ください

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Shopify カントリー エバンジェリスト 上野 有彩

新しい可能性を生み出すEコマースのプラットフォームに魅せられた一人。日本人第一号社員として、Shopifyを日本に伝え広める活動をしています。

原文(英語 ): Dayna Winter 

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